地域だけではない、大学だけでもない、持続可能な成長をし続けるための総合診療ニューラルネットワーク

NEURAL GP network 島根県発・総合診療医養成プロジェクト

【阿部 顕治先生】愛嬌とフットワーク

●なぜ弥栄診療所で勤務を?
 私は千葉県出身です。島根医科大学に入学し、そこで初めてフィールドワーク(現場での調査活動)を経験したことが地域医療を志した契機です。1年生の夏、鳥取大学が開催していた農村の生活を調べて発表するという集まりに参加しました。しかし私は、「農家は楽な生活で良いな」という先入観から農家の現実を受けいれられず参加者から非難を浴び非常に悔しい思いをしました。その経験を基に仲間と「農山村地域研究会(現 地域医療研究会)」を立ち上げ、邑智郡大和村で定期的な生活調査を始めました。その時の仲間は、頻回に集って議論をする事から、6年生になる頃には同じアパートに住むほど交流が深まり現在の私の財産になっています。


 卒業後、母校の環境保健医学教室に入り、佐田町でフィールドワークにとりくみました。しかし大学に残るには論文が必要で寄生虫の電子顕微鏡を用いた研究に従事することになりました。6年間研究をしましたが、もっと直接社会に貢献する仕事がしたいと考え、千葉県に戻り内科医として勤務しました。急な路線変更でしたが、若い医師達に混じり臨床医として研鑽を積むことができました。4年経ったころ、(旧)弥栄村が無医地区になるので帰ってきて欲しいという要請を受けました。弥栄診療所を新たに建て、村全体の医療福祉を作り直すというお話しで非常に魅力的を感じました。大変迷いましたが、自分を育ててくれた島根県に貢献したい、フィールドワークで学んだ事を活かしたいと思い平成8年10月に弥栄診療所に赴任しました。この立ち上げ時に、医療だけでなく教育の役割を診療所の条例に盛り込み、研修センターを併設し研修ができる体制をお願いしました。人材育成は指導者自身を鍛え、仲間を作り、後進を育てる事であり、医療継続には欠かせないと考えたからです。

写真:弥栄診療所の中、開放的な高い天井と、若い医師のための研修室



●診療所勤務継続の鍵

 弥栄診療所赴任当初は、「寂しかった」です。周りに臨床医の仲間もおらず、島根に来たことを後悔しました。しかし、千葉県勤務時の同僚や、担当していた高校生の患者さんが会いに来てくれ、離れた千葉県に報いるためにも島根県に頑張るという想いを強くしました。それから早いもので25年が経ちました。この長期に渡り、この地で働き続けてこられたのは、①グループ診療を組んだこと、②行政に入り込んだこと、③学び直す機会を得たことだと思っています。

①グループ診療について:
 市町村合併に伴い浜田市の中山間地域に4つの診療所を整備し5人の医師でグループ診療をする「浜田市国保診療所連合体」ができました。各医師はホームになる場所を持ち、得意分野を生かし他の診療所も支援します。お互いの診療を補完することで新たな刺激を受け、より質が高い診療を目指すことができました。

②行政との関わりについて:
 弥栄村が新市に合併すると小さな村の声が行政に届かないという事が懸念されました。また医師の想いと行政の考え方にも違いが出来やすいと感じていました。そこで、浜田市役所に診療所を支援する地域医療対策課を作り、そこに医療専門監という役職を置いていただきました。地域の声や医師の想いを行政に生かす仕組みになっています。

③学び直しが出来たことについて:
 学びたいと思った時に学ぶ機会を作って頂いたことが働き続ける意欲につながりました。赴任してから1人医師のため研修の機会が全く持てませんでしたが、3年目にミシガン大学で老年医学を学ぶため2週間米国に行かせてもらいました。また10年目には増え続ける在宅患者に適切なリハビリが出来ていない反省からリハビリ研修を希望し、3か月間の専門病院での研修を受けさせていただきました。これらの研修の時、木村清志先生や加藤一郎先生をはじめ自治医科大卒の先生方が交代で代診に来てくださったことが大変心強く、島根県はじめ皆さんに支えられているという思いを強くしました。現在は連合体の中でお互いが研修や学会参加しやすい工夫をしています。

●現在
 今年度で65歳の定年を迎えます。来年からは連合体に関わりながらも地域の認知症のNPOやまちづくり活動に軸足を移したいと思っています。また自分や家族のたの時間を増やし「冒険の旅」に出ようと密に計画しています。

●私のウリ:愛嬌とフットワーク
 卒業間もないころ、指導医から、「お前は知識も経験もないから愛嬌とフットワークを生かせ」と言われました。それ以来、あまり成長せず、今も「愛嬌とフットワーク」をウリにしています。

写真:阿部先生の周りは常に明るい雰囲気が漂う。写真に入ってもらおうとするも逃げられているところ(笑)



●私の1週間

月 午前 弥栄診療所診療   午後 弥栄診療所診療
火 午前 行政・産業医    午後 波佐診療所診療
水 午前 弥栄診療所検査   午後 弥栄診療所診療
木 午前 弥栄診療所診療   午後 施設患者診療
金 午前 あさひ診療所・行政 午後 保健活動など
土 午前 隔週で土曜診療
日 自由 (休みの日はサイクリングなどをしています)

写真:弥栄診療所の前で1枚。阿部先生、肝いりの研修センターの看板とともに

【取材者より】

 阿部先生は、御年65歳とは思えぬ肌ツヤで、フットワーク軽く診療所内を歩き回っておられます。島根大学3期のパイオニアで、各地でフィールドワークをしていたと思ったら、急に「気づいたら顕微鏡画像ばかりみていて、寄生虫の表層構造に詳しくなった」と、急展開の話を聞かせていただきました。
遠藤健史