【高橋 賢史先生:優しさと、正しさと、多少の腹黒さと(笑)】
●先生が総合診療医となった経緯は?
私は、鳥取大学を卒業し、そのまま出雲市民病院に就職しました。このきっかけは大学5年生の時に同院を見学し、ロールモデルとなる森 敬良(もり たから)先生に出会ったことでした。森先生が「入院診療も行える家庭医を育てる」と言っておられたのに感銘を受けたのを覚えています。
大学入学後,将来の進路希望は整形外科,内分泌内科,循環器内科と変わって行きました.臨床実習が始まる頃には様々な疾患を診る事に興味が向き,プライマリ・ケアという分野を知りました.そこで、私はプライマリケア医(以下、PC医)を将来の進路と決めました。しかし、大学5年生当時、鳥取大学附属病院の先輩医師たちに、このことを伝えても、全くその価値を感じてもらえませんでした。出雲市民病院の見学に続き、米子市の診療所を見学し、そこで第2のロールモデルとなる梶野 大(かじの だい)先生と出会いました。この先生とは、現在もお話する機会があります。診察の時には、梶野先生の懐に入る柔らかさ、朗らかさを真似することが、今でもよくあります。
大学5年生以来、単一疾患を診るのではなく、患者さんの疾患発生後も長く付き合い健康維持していく部分に興味を惹かれ、この気持ちは卒業まで変わりませんでした。そして、2005年に出雲市民病院に入職しました。
●出雲市民病院の家庭医療
私は、現在、外来・病棟診療に加え、各種委員会や病棟カンファレンスなど、多くの活動に参加させていただいています。この中で、どうしたら病院全体がうまく機能するかという視点をもち働いています。当院の活動で、特徴的なのは、病院長、リハビリテーション科専門医(以下リハ医)も交えた、総合的な病棟カンファレンスです。2014年に、リハビリテーション専門医が常勤となり、このカンファレンスを毎週開催していただくようになりました。リハビリテーションの知見は総合医・家庭医にとって非常に重要な視点です。当院の力をしっかり発揮するために、患者さんの病状だけでなく、身体機能・認知機能に合わせた訓練に向けて、多職種の視点からカンファレンスを行っています。
当院は、私の初心を鼓舞し、家庭医が活躍できる病院だと感じています。初期臨床研修医の同期である藤原悠子先生も、当院でPC医として学びました。現在は大曲診療所で藤原和成先生と地域生活を支える診療を展開されています。
表:高橋先生の1週間
●教育体制
当院には主に島根大学医学部の5年生と6年生の医学生さんが来られます。2〜4週間と短い期間の中ですが、少しでも成長していただきたいと願い、私か同僚の上村祐介先生と共に、必ず1日1回、振り返りをするようにしています。ここで医学生さんの想いを聞き、将来の目標につなげていくようにしています。
●総合診療医のやりがい
ここ最近、特にやりがいを感じているのは、医学教育です。1年を通じて、1-2名の医学生が来られています。この学生さん達が成長され、医療に対して前向きになっていく姿勢を見るのは、何よりも私の喜びになっています。
●モットー:優しさと、正しさと、多少の腹黒さと(笑)
●略歴
島根県松江市美保関町出身
鳥取大学医学部卒、2005年〜現在まで出雲市民病院勤務
●取材者より
高橋先生は、非常に丁寧にお話をされる方です。こちらも、えりを正してお話を伺いました。取材後に、玄関前で患者さんに話しかけられ、それを長時間にわたり、丁寧にお話されていたことも印象的でした。ある程度、大きな規模の病院では患者さんから医師に話しかけて来ることは少なくなります。患者さんから顔を覚えられ、話しかけてもらい、そのまま会話ができると言うのは、高橋先生の人柄や、診療内容に信頼を得ているためだと思います。高橋先生と共にいれば、医療の学びだけでなく、人としての生き方も学ぶ事ができると感じました。