【佐藤 誠先生】診療所に来ない人のことを考える
●総合医になったのはなぜですか?
私は和歌山県立医科大学に入学しました。自宅で同居していた祖父母が急死したことなどから入学当初は救急医を目指していました。しかし5年生のときに救急外来で診る疾患の多くが予防できるものではないか、と疑問を持ちました。その後、病院見学などのなかで、予防医学にも興味を持ち保健所勤務を一時期考えていました。しかし、やはり臨床が面白く、さらに殆どの診療科が面白く感じ、それら全てに関わりたいと欲張ったことを考えるようになりました。ただ、当時は総合診療などという言葉はなく、はたしてそんなことが本当にできるのだろうか?という疑問と不安を持ったまま卒業しました。
初期臨床研修はマッチングで地域医療振興協会の横須賀市立うわまち病院に決まりました。当時は地域医療の専門医を育てるということで名郷直樹先生のもので勉強しました。初期研修には3ヶ月間地域医療の現場で学ぶという特徴がありました。その地域医療研修は岐阜県の和良病院(現在は診療所)で学ばせていただき、後藤忠雄先生と出会いました。2400人の村に唯一の医療機関で、病院に来る人にエビデンスに基づいた良質な医療を提供するだけでなく、村全体を把握して医療を行っておられました。また保健政策を住民と一緒に考えることや、住民の健康調査から研究を行い、結果を地域に還元していくことをされていました。こんな医療が私のしたかったことではないかと思い、非常に勇気づけられました。
後期研修(当時はこう呼ばれていました)では、地域の現場でそんなことをしたいと思って地域の現場に飛び出しましたが、本当にうまく行かなかったです。あとから考えてみるとそのためには長年の努力と積み重ねが必要で、一朝一夕にできるはずが無いのですが…。毎日同じような診療の繰り返しで、「ただ地域で医者をやっているだけ」と当時の振り返りには何度も書かれています。それも重要なことではあるのですが、総合診療の道の遠さに何度もやめたくなりました。
辛かった後期研修の最後の方に家庭医療の理論を学ぶ機会がありました。学んでみると、その時まで同じように見えていた診療の光景が理論に裏打ちされて立体的に見えてきた瞬間が有りました。そのときに、一生総合診療でやっていこうと決心したのをよく覚えています。
●なぜ浜田市国保診療所連合体で勤務を?
一生総合診療でと思いましたが、それを行う場が必要です。ながく地域医療の現場で働くことができればどこでもいいと思っていましたので、ある当直の夜に「医師募集 and 〇〇県」で47都道府県を全部調べてみました。やはり診療所の医療があっているのかなと当時は思っていました。また、予防をするなら保健師と一緒にやりたい、そのためには国保の診療所が良いだろう、また継続的な医療を提供するにはグループ診療を行っているところが良いだろうという条件で探してみると、全国に2ヶ所しか見つかりませんでした。同じように診療所勤務をしていた妻とKJ法[1]を行い、これからの仕事内容・気候・中山間地域・景色が綺麗という4点で島根県浜田市を選びました。決定を後で振り返ると、日本海で見た鮮烈な夕日が、決定的だったと感じています。5月に見学に来たのですが、1月だったらもう一方にしていたかもしれませんね(笑)
●グループ診療
浜田市国保診療所連合体は浜田市内の4つの診療所と浜田市役所健康医療対策課、浜田医療センター総合診療科で構成されており6名の医師が働いています。
グループ診療には、お互いの得意不得意な診療を補うことができるばかりでなく、お互いの研鑽も行っています。医師が患者さんと合わないという問題も、多くの医師が診療することで地域全員を診ることができます。そして何よりも、休みを融通することで私生活を重要にしながら継続的に医療を住民に提供できるという点があります。
一方でグループ診療だから大変な点も実はあり、意見が合わなかったときなどお互いの顔を立てながら丸く収めていく必要があります。また、患者さんへの責任性が宙ぶらりんになりやすいという問題もあります。ここで鍵となるのは、診療所の看護師さんです。医師がフットワーク軽く移動できるのも、看護師さんが、診療所を守り、グループ診療の継続性の担保をしてくださっているからです。
写真:連合体で同僚の、あさひ診療所、上野伸之先生と
●現在
今年度で浜田に来て、9年目です。また私は現在市役所に籍をおいていて、健康増進の政策や医療費や介護保険料についての分析も行いながら予防活動もしています。また継続性のある地域医療の提供のために、地域枠の医学生への関わりをふくめた後進の育成にも関わっています。もちろん医師として、診療所でなるべく良い質のプライマリ・ケアを提供しようと頑張っています。総合診療、プライマリ・ケアは質をあげようとすれば天井知らずの難しさがあり非常にチャレンジングな領域です。質が低くても良ければある意味誰でもできます。ただ、住民の人はその違いにすぐに気がついてしまいます。
われわれの医療は中山間地域の僻地医療です。僻地医療は「無いものは無い」のですが、必要なものはたいていあります。それら全てを扱う地域医療は面白いです。ぜひ、その面白さを皆さんにも味わってもらいたいと思います。
●私が大切にしていること
「診療所に来ない人の事を考える」
「あなたに必要な医療を、必要なだけ提供する」
●私の1週間
月曜日
午前あさひ診療所で上野先生と診療。私はメインで診療。上野先生には主に事務仕事も済ませてもらう。
午後弥栄診療所に移動して診療。阿部先生と二人で診療。最近はコロナワクチンを二人で接種して、その後訪問診療を担当。
火曜日
午前弥栄診療所で坂口先生と診療。地域のタクシーがやってくるので、その患者さんを診療し、その後自分でくる人たちを診療。
午後あさひ診療所に移動し、診療。
水曜日
午前、午後 市役所勤務。夏の医学生や高校生の医療体験実習などの検討や、医療の政策に関する検討など行っています。午後浜田市医師会の准看護学校で教鞭をとることも。夕方には子どもが帰ってくるので、少し早めに上がります。
木曜日
一日波佐診療所で勤務。胃カメラ、超音波検査など担当。午後は小国出張所にも行き診察しています。
金曜日
午前弥栄診療所で診療。また違う地区からのタクシーがやってきますので、そこの地区の患者さんを診療。金曜日は隣の特別養護老人ホームの発熱患者さんの診療が多い気もします。。。
午後 診療なし、書類整理やサマリーづくり、市内で講義講演することもあり、資料作りなども。勤務時間の関係で早く帰れるときは、浜田港のあたりをランニング。
土曜日 隔週で波佐診療所で診療。土曜日にしか受診できない人たちと会えます。
経歴
和歌山県立医科大学医学部医学科卒
地域医療振興協会 横須賀市立うわまち病院 研修医
地域医療振興協会「地域医療のススメ」専攻医
市立恵那病院
福智町立方城診療所
石岡第一病院小児科
湯沢町保健医療センター
浜田市国保診療所連合体 あさひ診療所 所長
浜田市国保診療所連合体 浜田市役所健康医療対策課 医療専門監(現在) 浜田市役所
【取材者より】
佐藤先生は、非常に心身ともにスマートな先生です。そのお話も、日常診療からデータ解析をもとにした市全体の医療構想と多層的に展開されます。全体を俯瞰する目と、詳細なデータ分析から意味を見出すロジカルな思考をされているものと感じました。これからも学ばせてください。
遠藤健史